郷土芸能 「今村の獅子芝居」

1871年~( 西寺山町 横山春一 1979年9月 筆 )

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 黒の裾模様を着て、獅子頭を頭にのせ御幣と鈴を持って、笛太鼓のはやしや唄に合せて舞う神事舞踊。獅子が女形で主役となる獅子芝居、「阿波の鴫戸の子別れ」の場の、 巡礼にご報謝… くには、阿波の徳島。ととさんの名は、十郎兵衛。かかさまの名は、おゆみと申します……。

と、可愛い巡礼の所作が今も目にうかぶ。

 40代以上の地域の人々には昔懐しい獅子芝居は、明治初年から大正を全盛期として、戦後の22~23年の頃、熱愛された加藤円太郎さんの世話で北脇の地蔵さんで行われた獅子芝居を最後に見ることもなくなった。

 この獅子芝居は、尾張地方各地で行われたが、殊に海部郡篠田村の一座と、丹羽郡今市場村の一座が最も評判も高く優れていた。(現江南市今市場獅子保存会は、県の無形文化財に指定されている。)

 この2座と今村は関係が深く、度々観せてもらってから、今村の若い衆の間に獅子芝居のけいこがはじまり、試演となり、やがて他村へ招かれるまでになった。その獅子連の人々の名を古老から聞き出すことができた。

 川南(市場、寺山)では、稲垣儀兵衛、鈴木庄大、鈴木林ェ門、横山倉太郎(唄)、青山喜三郎(唄)、青山兼助(唄)、青山松二郎(獅子舞)、横山貞太郎(芝居)、青山利エ門(芝居)、川北(北脇、川西)では、加藤岩三郎(唄)、加藤定次郎(芝居)、青山増五郎、伊藤彦太郎(獅子舞)、矢野藤太郎(笛、リーダー)、加藤円太郎、伊藤勘三郎(唄、はやし)、矢野京一(獅子舞)、矢野文五郎、鈴木九一郎、青山登一(芝居)、矢野みい、横山チエ、加藤百合子(巡礼)

 今村の獅子芝居をはじめられた先人の技を伝承する人が、時代の流れで生れなかったので、今は思い出に残るのみとなった。使われた道具も今残っているのは、大小の太鼓と飾台のみとなった。太鼓の皮は破れているが、大太鼓の胴の内側に、「明治7年戌(1871)6月中旬尾張国名護屋平野町、中埜小市良造」と墨痕鮮やかに記録されている。小太鼓の方の外側には、「寺山嶋獅子組」の文字が読取れる。

 獅子頭が青山松二郎さん宅(孫、裕保)に、昭和25年(1950)頃まで残っていたということである。残念なことに全盛期の道具が不明である。ただ矢野文五郎さん(孫、睦巳)主演だった台本1冊が同家の仏壇の引出しに保存されていた「花雲佐倉」と表書きされ、裏に「今川獅子連」と記されている。

 村の祭例の奉納行事は勿論、農閑期に小屋掛けして上演された。観客は村人だけでなく、招いたお客も一緒に、お酒や弁当持参で楽しみ拍手と共に花〈祝儀〉を舞台に向って投げることが常であった。

 この日のために獅子連の人々のけいこも激しかった。毎夜12時、1時までも行われた。けいこ場も嶋の集会所や個人の家や小屋、庭等で行われ、そのけいこ風景をみる人も多かったようである。

 以上、中間報告をまとめるについて、伊藤憲二、矢野倉二、加藤つぎ、矢野孝美、加藤行治、小川錠太郎の、みなさんから貴重な資料の提供やら記憶を辿って頂きました。